Yale大学プロジェクト

ポール・ディスコ氏世界でも名門中の名門であるイェール大学。この大学構内にアートギャラリー(Yale University Art Gallery)があります。日本でギャラリーというと小さなイメージですが、そこは世界のイェール大学。ピカソ、ゴッホ、ダリ、イサム・ノグチ、日本からは伊藤若冲や狩野派などなど…4階建ての広大な空間に古今東西の世界の名作が所狭しと並んでいます。ギャラリーそのものは、建築界の巨匠ルイス・カーン氏の設計。日本なら間違いなく国立級の美術館です。そんなアートギャラリーの中庭に日本建築を建てるというプロジェクトが立ち上がりました。建築家はポール・ディスコ氏(Paul Discoe)。彼は日本において宮大工の修行をし、現在、禅と日本建築をアメリカで広めています。アメリカのオラクル社のLarry Ellison氏の日本庭園もポール氏によるもの。ポール氏のスタイルは麦わら帽子とビーチサンダルにネルシャツとジーンズ。。。15年間変わらず、冬でも大雪以外ではこのスタイルとのことです。

歓迎そんな一流大学に一流の建築家が建てる「Japanese Tea Gate Project」。いろんな奇跡を経て当社が瓦屋根担当ということで招かれることになりました。日本からは1社のみで(私一人)、その他の業種は現地の職人さんの手によるものです。とても光栄なことですが、それ以上にプレッシャーが…。
業務は瓦の輸出からで、綿密な打ち合わせをメール等で行い、図面の変更や瓦の出荷が間に合わないなどの様々なトラブルをクリアしながら、9月中旬に渡米が決定しました。

歓迎現地では日本語が話せるスタッフがいなかったり… 図面ではまっすぐだった塀がカーブしていたり… 頼んであった副資材がまったく調達されていなかったり… 完成セレモニーがあるからそれまでに終わらせてくれなど… いろんなことが寝耳に水ですぐに暗雲立ち込める状態に。おまけに予定よりも1週間ほど瓦の到着が遅れると分かり、当初は歓迎ムードだった現場も次第に不穏な空気が…。

瓦到着ようやく待望の瓦が到着し、みんなで歓喜するものの、最初の作業は「合端」という瓦一枚一枚の加工作業をしなければならず(地味で長時間を要します)。。。到着したらすぐに瓦が屋根に乗ると思っていた大勢のスタッフの期待を裏切ることになり雲行きはさらに悪化。(もちろん説明はしていましたが…)

設置作業開始「合端」の重要性がまったく理解されないまま数日が経ち、ついに…「あいつはいったい何日瓦をいじってるんだ‼本当に技術がある職人なのか‼」との声が…。いよいよ居ずらさMAXで、このままではまずいと当初の予定を変更することに。すべての合端作業を済ませてから取り付け作業を行う予定を、合端作業を一時中断し、とりあえず一面の取り付け作業をして瓦本来の姿を見せることにしました。。。翌日プロジェクトリーダーのショーンがその光景を目にして驚きます。そしてついに「fantastic‼」「beautiful‼」というお言葉を頂戴することに成功。 

その後ようやく「合端」の重要性が理解され、私のいろんな話に耳を傾けてくれるようになりました。欲しいモノはすぐに用意してくれ、望む環境も整えてくれるようになりました。日に日に見学に来る人や挨拶してくれる人も増え、いつしか「Japanese Artist」と紹介してくれるようになり、サインを求められることもしばしば。。。そのまま気を良くしながらこのプロジェクト最大の難関であった「美しい弧を描いた塀」にチャレンジ。カーブに対する瓦一枚一枚の削りシロを計算しつつ加工する瓦数十枚…。数日かけてなんとか無事に仕上げることができました(この部分が仕上がっただけで感動ものでした…)。

歓迎瓦が到着してからの1か月間、休むことなく作業しつづけ、雨の日はテントと合羽を調達し、ランチは時間を惜しんで現場から離れずにパンをかじるだけ。そんな日々を送った甲斐もあり予定通り完成セレモニーの3日前に終わらせることができました。屋根の完成が最後になってしまったので、仲良くなった職人さんが一人また一人と仕事を終えていなくなるのは寂しかったです。

歓迎苦難の連続ではありましたが、日本の「瓦」の美しさや存在感、日本建築の緻密な計算の上に成り立つ「美意識」、日本人の仕事に対する向き合い方などが高く評価されたことは大変意味があります。また「いぶし銀」の美しさはほんとうに多くの人々を魅了しました。工事完了時にサプライズでプレゼントした「イェール大学校章入り鬼瓦」でも、その美しさとフォルムに大変喜んでもらい、瓦の新しい可能性を肌で感じました。最初は「tile」と言わなければ通じなかった「kawara」ですが、いつしかみんな「kawara」と呼んでくれていました(私のしつこさもあり)。今回世界の名門大学であるイェール大学に「kawara」が評価され認知されたことは、「日本の文化」がまた一つ新たな広がりを見せたと自信をもって言えます。日本の「瓦」を世界の「kawara」へ。これからも様々なアプローチを試みながら「瓦」の挑戦を続けていきたいと思います。